遠雷



激しい豪雨をもたらした、先刻までの嵐はピタリと止んだ。
叩きつける勢いで視界を塞いだ雨粒の代わりに今は水気を孕んだ温い空気が辺りを満たしている。
名残のように吹く風がガラスの窓をカタカタと揺らした。
「雷……」
「ん?」
「雷、まだ鳴ってます」
耳を澄ませば遠い雷鳴。
「……あぁ、ホントだ」
胸の上にうつ伏せる頭に手を置いて、新八は自由に遊ぶ銀色を指先に絡める。
「雨、止んじまったか」
「はい」
「すげぇ降ってたのにな」
「そうですね」
銀時の眠たげな、触れる指先に甘えるような抑えた声音。
胸元に零れるそれを受けとめながら新八はそっと微笑んだ。
「どした?」
「え?」
「今、笑ったろ?」
触れる胸元の振動で分かるのか、銀時が声だけで問いかける。
尾を引くように少しずつ遠ざかっていく轟音が、彼方の空を未だ微かに震わせている。
小さく轟くゴロゴロという低音が、まるで甘えてくれる銀時の喉鳴りのようで嬉しいだなんて。
知られたらきっと拗ねられる。
「内緒、です」
新八は絡めた銀色を引いて密やかに笑った。
「……気になんだけど」
ゴソリと銀時が顔を上げる。
「教えろよ」
「やです」
「何でよ」
「だって……」
暇があれば眠っているのに、動き出せばしなやかで。
常々猫科の獣のようだと思っているだとか。
況してや懐いてくれるそれが、まるであやしている様で倖せを感じてしまうのだとか。
そんな事を知られたらもう甘えてもらえないような気がする。
だからまるで内緒話をするように。
「いったら終わっちゃいそうですもん」
新八は無意識に声を潜めた。
「新ちゃん、それアウト」
目の前で顔が伏せられ、脱力した銀時の心地よい重みが身体にかかった。
「銀さん?」
新八は再び胸元に懐いてしまった銀色のひとふさをツンツンと引く。
「お前さぁ、耳で聞いたら今の台詞がどんだけエロいかとか……自覚あんの?」
ぼそぼそと、まるで愚痴るような呟き。
「え?」
ムクリと起き上がり、肘を這わせて銀時がじりじりと距離を詰めてくる。
言われた言葉の意味が分からないまま新八はただそれを目で追った。
「新八君」
胸元にあった顔が吐息のかかる距離にきて、唇が触れそうになる。
その瞬間、主導権は銀時へと切り替わる。
「あの、僕そろそろ……」
穏やかだった空気が色を帯びて、新八は少しだけ腰を引いた。
きっと銀時から見たら子供でしかない、そんな自分に欲望を向けてもらえることは嬉しくてたまらないのに。
不意に見せられる大人の顔に慣れなくて、いつも戸惑う。
何度触れ合ってもまだ始まりの合図に上がる心拍数を抑えられない。
「帰んの?」
眠そうに眇められた眼差しに見詰められ、指先が甘く震えた。
「姉上、待ってるし……」
「俺は、帰したくねぇんだけど」
「あ、雨……止んじゃった、から」
静まってしまった空に、雨宿りはもうできなくて。
待つ妙に、不可抗力の言い訳は通用しない。
「まだ雷鳴ってんじゃん」
「でも……」
吹けば飛ぶような新八の声は銀時の手を止めるには至らない。
伸ばされた手は容易く袷を緩め、舌は首筋をゆっくりと這う。
その熱く濡れた感触に新八はコクリと喉を上下させた。
「眼鏡に落ちたら危ねぇよ?」
眼鏡を取られ、髪を撫でられ米神に口付け。
一連を、銀時にされるだけで身体の力はいとも容易く抜け落ちてしまう。
「銀さんずるい……」
ずるいと拗ねながら、そのずるさに甘えている自分こそがずるいのだろうと思うのに。
「だってお前は俺ンだもん」
確信を込めた銀時の笑みにただ思考は絡め取られていく。
体温に触れてしまったら新八に抵抗する術はなかった。



時々当たる歯の感触が皮膚を通して骨を食む。
鈍い痛みに肌を震わせ新八はそっと瞼を閉じた。
遠くで轟く雷鳴が鈍く空気を震わせる。
その低音は銀時の喉元から聞こえるようで優しくて。
甘やかすように撫でたいと思う愛しさに満たされながら、新八は銀時に全てを明け渡した。