万事屋の寝室、にしている和室で銀時と新八は向き合っていた。
徐に、正座をした新八の両肩を銀時が正面からがしりと掴む。
「キスを、しようと思う」
「は?」
銀時の真剣な表情での唐突な訴えに新八はなだらかな眉をやや顰めた。
「や、だからキスを……」
「銀さん」
「な、んだよ」
眼鏡の奥からじっと見られて銀時は僅かにたじろぐ。
「そんな風に奇を衒っても無駄ですよ、早く寝てください」
嗜めるような新八の声は溜息混じり。
それでも語調には有無を言わさぬ強さがあって。
「新八冷てぇ……」
逃げられないならせめてもと少し気持ち悪く拗ねてみた、けれど。
「じゃあキスしていいですから、さっさと寝てください」
新八は一向に意に介さなかった。
「ちぇー」
一応の上司だというのにこうもぞんざいにあしらわれてしまうのは日頃の行いの報いだろうか。
無駄な足掻きは文字通りの意味を成し、胡坐の上に脱力した銀時は観念したように頭をかいた。
「銀さん、ほら早く」
ポンポンと新八が己の正座の膝を叩く。
ココに来い、という合図に銀時は項垂れたまま視線をちらりとそちらに向けた。
新八が要求しているのは膝枕。
常であれば嫌がる新八を無理やり座らせてでも確保する銀時のお気に入りの場所だ。
そのお気に入りの場所に新八自らが手招いてくれているという夢のような状況を、何ゆえ渋っているかといえば。
偏に新八が右手に構えている道具に他ならない。
竹を削った細い棒とその先端を飾る白いふわふわ。
所謂典型的な “耳掻き”だ。
「元はといえば銀さんが不精するからいけないんじゃないですか」
説教口調で文句を言いながらも新八は早く、と促すように着流しの袖をツンツンと引く。
その仕草の可愛さに絆されそうな気持ちを根性で堪えた銀時は、心の中でコンチクショウと拳を握った。
「でもよ、別に掃除しなかったからって死ぬわけじゃねぇんだしさ、別に……」
「銀さん」
「……はい」
口八丁手八丁はお手の物、なのに事生活面においては万事屋の全てを統べる新八にはどうしてか敵わない。
依存する部分が大きい所為だろうか。
やんわりと、けれど意思の篭った強い呼びかけに逆らう事は難しかった。
観念した銀時は渋々と新八に這い寄って……意趣返しとばかりに引き結ばれた唇にちゅっと触れた。
「なっ」
瞬間の不意打ちに言葉をなくした新八を他所に銀時はさっさと膝に頭をのせる。
男の膝など硬いだけで何も楽しくないはずなのに、新八のものだと思うだけでこんな状況でもこの上なく倖せになれてしまう。
あとは新八の目的が耳掃除でさえなければ何も言う事はないのに。
「何すんですかっ」
銀時の所業に新八の文句が時間差で降ってきた。
「していいっつったの新八だろ。こんくらいのご褒美なきゃやってらんねー」
「自業自得じゃないですかっ……ったく子供ですか、あんたは」
ふてた態度に声が呆れる。
「うるせーよ」
「すぐそういう事言うし」
極軽く、ぽんと頭を叩かれた。
「いて」
「すぐ済みますから、ちょっとだけ我慢してくださいよ」
「んなこと言ったってよー」
銀時は目の前の腰に片腕を回し、平らな腹にぎゅっと額をつけた。
耳掻きは苦手なのだ。
万事屋には生活面で新八の決めたいくつかのルールがある。
ルールといっても厳しく縛るようなものではなく、銀時と神楽の生活態度を見るに見かねて取り決められたものなので、真っ当に生活できる人間であれば何の苦もない様なことばかりだ。
その中の一つが“風呂上りには綿棒で耳掃除をすること”
毎日ではなくてもいいが身嗜みとしてするように言われている事なのだが、特にチェックされるわけではないのをいい事に適当にしていたのが不味かった。
ジャンプを読みながらなんとなく耳がもぞもぞして痒かった時にうっかり口が滑って。
“なんか耳かいーな”
“え?”
“あ……”
みたいな墓穴展開を招いてしまった。
膝枕はしてもらっても耳掃除はのらりくらりと逃げていたのに、泣くに泣けないとはこの事かもしれない。
「たかが耳掻きじゃないですか」
「苦手なモンは仕方ねぇだろ」
「バカみたいに強いくせに、へんなとこ弱いですよね」
やれやれといった空気を纏わせて新八の手が銀時の髪を優しく撫でた。
「……自分で見えねぇとこ人に任すの、やなんだよ」
戦場を駆け抜けていた嘗ての名残だろうか。
自分で見えない部分を他人に晒す事は弱点を曝け出すようで苦手だった。
腰にまわした腕に一層力を込める。
顔を埋めると新八特有の穏やかな空気が伝わって気持ちが安らぐ。
「僕じゃ不安ってことですか?」
沈んだ声に視線を上げると新八の顔が少ししょげている。
ふっと笑って俯く頬をふにと摘んだ。
「はにふんれふか」
「新八君よぉ、銀さんがココに大人しくスタンバイしてる理由を考えろや」
己の身を委ねるなど、嘗て居た馴染みの女にもさせたことなどなかった。
「お前だから我慢できんのよ?」
苦手だと思う事も、唯一新八になら許す事ができる。
背中だって。
原付の後ろにしがみ付かせる意味を、新八は理解しているだろうか。
「だったら最初から素直に聞いてくださいよ」
頬を摩りながら唇を尖らせる、その様が可愛くて堪らない。
「そこは大目にみろよな、自分で見えねぇとこに棒つっこまれんだぜ?ちっとは躊躇すんだろが」
戦の名残も勿論あるが、主導権を握りたいタイプの銀時は他人に身を委ねて何かをされる事そのものに抵抗がある。
新八になら許せるけれど、それでも多少の躊躇いがある事は否めない事実だ。
そこを敢えて、なのだから銀時としては“それでも新八にだから許すのだ”という部分を酌んでもらいたいと思っている。
「…………僕にはするくせに」
「あ?」
「何でもないですっ」
流れた呟きを新八は蒸し返さない。
けれど。
「実は聞こえてましたー」
「なっ」
頬を優しく撫でれば赤味がどんどん増していく。
銀時は熱を冷ましてやるように赤くなった肌を手の平で覆った。
「新ちゃんは銀さんの事信じてくれてるから全部許してくれんだよな」
銀時の想いを受け止めて、そうは出来ていない身体で新八は銀時の性を包み込んでくれる。
それがどれほど銀時を満たすのか、伝えたいと思うのにいつも伝えきれない。
いつか伝えられたらと、思うけれど。
「信じてるから、優しくしてね」
茶化すように片目を瞑り、銀時は再び細い腰に腕を回した。
女とは違うのに、その存在は何処までも柔らかく銀時を包む。
それはきっと宿る魂が新八だからなのだろう。
性別に縛られない、銀時にとっての奇跡の存在。
手放したくないと思う気持ちは強くなるばかりで。
「……はぁ」
いろいろな意味で無駄を悟ったらしい新八の、諦めるような溜息が耳に落ちる。
指先がそっと耳たぶを摘んだ。
「お尻触んないでください」
「俺の精神安定剤だから無理」
言いながら、手の平に丁度いいなだらかな臀部を揉むように撫でた。
「銀さんのエロ魔人っ……もーさっさと済ませますからねっ」
「へいへい、ヨロシクな」
「ホントにもー」
ブチブチと文句を言いながらも新八の指先に乱暴さは微塵もない。
「じゃあやりますからね」
「おぅ」
耳にかかる髪を掻き分ける感触が気持ちよくて銀時はそっと瞼を閉じた。
「う、わ……」
耳掻きが入った瞬間だけぞわりとしたものの、内側をかく丁寧な動きは思いのほか心地良い。
「痛かったりしたらすぐに言ってくださいよ?」
「んー」
内側でカサカサと、自分の意思以外のものが動く感覚は心許ない。
ついつい腰を抱く腕に力が篭ってしまう。
心地は良いがこれを新八以外にさせるなど考えられなかった。
身も心も預けられる安心感は新八だからこそ得られるのだと確信する。
「新八」
「何ですか?」
「結構気持ちいい」
「嫌がってたくせに、現金ですね」
「そりゃ新ちゃんがテクニシャンだからだろ、銀さんもうメロメロよ」
「変な言い方やめて下さいよ、馬鹿……はい、反対向いて下さい」
「移動すんのめんどいから新八動いてくんね?向こう向くとお前にしがみ付けねんだよ」
「しがみ付かなくていいですっ、銀さんがくるって向こう向いたら済む事なんだから馬鹿言ってないで早くしてくださいよ」
新八の腰は捨て難かったが動くのが面倒な以上は仕方がないと諦めて、銀時は大人しく身体を反転させた。
視界が開けて少し寂しい。
新八が逆の耳に取り掛かると腰の代わりとばかりにきちんと畳まれた膝に手を当てた。
ゆっくりと撫でて。
「なぁ、今度生足で膝枕してくれよ」
布越しでもこうして触れていれば十分に楽しいが、やはり一枚とはいえ隔てるものは邪魔だと思う。
見るのなら全裸よりも肌蹴たチラリズムを好む銀時だったが、触るのなら断然直推奨派だ。
「鼓膜突き破りますよ」
「……勘弁してください」
取り合えず新八の肌を撫で回したい、という銀時のささやかな望みは新八の冷ややかな一言に空しく弾かれる。
けれどそれは新八の不器用な照れ隠しだ。
現に撫でるのを止めない銀時の手は一向に咎められる気配がない。
きっと今新八の頬は赤いのだろう。
「こういうとこが可愛すぎんだよなー」
暢気に呟く銀時の耳をふさふさが擽った。
最後にふっと息をかけられる。
「うおっ」
「終わりましたよ」
ごろりと上を向くと新八と目が合った。
「ん、ありがとな」
「いえ……これからはちゃんと耳掃除してくださいよ」
新八は戒めのように軽く銀時の耳を引っぱった。
その手を掴まえ指先を絡めて口元へ呼ぶ。
「新八がしてくれよ」
「はぁ?」
「だって新八にやってもらうのすげぇ気持ちいいしよ」
唇を当てると眼鏡の奥で黒い瞳がうろたえた。
「苦手だって思ってたのに新八に開発されちゃったんだから責任、とってもらわねぇとな」
「そ、んなの言い掛かりじゃ……」
「勿論、今から新八がキスしてくれんなら別だけど……どうする?」
いつも銀時が絶対的優位なわけではない。
なのに新八は、ただ一言嫌だと言えば済む事に困ったような顔で戸惑って、銀時の全てを受け入れようと心を砕く。
愛しさの底が見えなくて、本当は銀時だってどうしていいのかわからないのだ。
望んだ分だけ叶えられていく願いは抱えた腕から溢れだし、零れ落ちたそれが手の平にすら載らなかった遠い日の記憶を埋れさせていく。
新八が嫌だと言えば困るのは銀時で。
本当は“惚れた方が負け”を地でいっている。
それを悟らせないのは大人の矜持。
もし新八にばれてしまったらどんな顔をすればいいだろう。
「月に一度……」
「ん?」
「月に一度なら、耳掃除してもいいです」
それが最大の譲歩ですとでもいうように引き結ぶ口元を、薄っすらと染まる目元の赤が容易く裏切る。
でも嬉しいからそれには気付かない振りをして。
「……マジで?」
聞けば新八はコクリと頷いた。
「あ、銀さんのお誕生日もうすぐじゃないですか。だからそれに因んで毎月10日を耳掃除の日にするのってどうですか?」
いい事を思いついたと楽しげに銀時を見る表情は年相応で屈託がない。
下から見上げていると口元が弛んだ。
苦手だと思った耳掻きも、興味のなかったカレンダーの決め事も。
新八と、と思うだけでこんなにも。
大切なのは“誰と”なのだという事に、この年になって気付かされるなんて。
本当に、敵わない。
「それ、めちゃめちゃ嬉しいけど……神楽に知れたらぶっ飛ばされそうだな」
素直にそうだとは言わないけれど、神楽も立派な新八依存だ。
いつも二人で取り合っている。
こんな特別待遇を銀時だけが受けると知ればただでは済まないだろう。
「そうですか?」
自覚のない新八はきょとんとした表情で首を傾げた。
「そらそうだろ。しかも俺はあいつが言う文句まで手に取るようにわかるね」
「なんて言うんです?」
「耳掃除する日なら私の誕生日の3日のが相応しいアル!……ってな」
銀時の10日は耳の日ではないと屁理屈を捏ねる姿が目に見えるようだ。
同様にその姿が脳裏に浮かんだらしく新八も可笑しそうに口元を綻ばせた。
「なら3日にします?」
それを受けた新八のつれなくもあっさりとした提案に銀時は肩を落した。
「銀さんの10日はどうなんだよ……」
「別に何日だっていいじゃないですか」
「……よくねぇよ」
くだらない自覚はあってもやはり新八関連に妥協はしたくない。
「3日は耳掃除にして10日は生足で膝枕の日に……」
「それは却下です」
「なんでだよー」
「当たり前じゃないですかっ、膝枕するのにわざわざ脚の出る格好に着替えてとかおかしいでしょーが」
「そーか?」
「そうですっ」
新八は軽く涙目だ。
「だ、大体僕の膝枕なんて楽しくもなんともない……」
「ばーか」
身体を起こした銀時は背中から新八を膝の間に引き込んだ。
「あんな、道具屋の回復アイテムに“膝”と“新八の膝”があったら俺は迷う事無く“新八の膝”を買う。そんくらい“新八の膝”ってのは重要アイテムだって知ってた?」
「……馬鹿は銀さんじゃないですか」
俯いた新八の、髪の隙間から染まった耳たぶがちらりと見えて。
指先で摘んだら熱が伝わった。
「今年の誕生日プレゼントは生足膝枕……な?」
黒髪が隠す襟足に、唇をつけると肩が揺れる。
即答で拒否が無い時点で銀時は確信していた。
「誕生日だけ……ですよ?」
それはとても小さな声だったけれど。
振り払われない事が嬉しかった。
新八に受け入れられている倖福感が銀時を満たす。
「それに……銀さんが忘れてたらしませんからねっ」
「了解了解」
膝を抱えこんだ少年の肢体、寄り添ってくれる清廉な魂。
それは無自覚に新八が与えてくれる最上の贈り物。
腕の中にあるその全てが自分のものだという事実は銀時の心を優しく温めた。
この喜びを伝えたいけれど言葉にするのは苦手だから、伝えられる最良の方法で。
「新ちゃん、銀さんとチューしねぇ?」
「え?」
戸惑う新八を向かい合わせに抱きなおす。
顔を近づけると唇より先に鼻先が触れ合って、照れた新八が困ったように視線を伏せた。
頬を大きく包んで呼び戻せば黒い瞳が静かに濡れる。
羞恥の涙に煽られて、銀時はゆっくりと新八の唇を塞いだ。
重なる唇と絡めた舌。
熱を分け合うその場所から言葉にできない気持ちが伝わればいい。
そう願いながら銀時は新八に口付けを贈った。
離れ難くて長引くそれが終わるのは神楽の“ただいま”が耳に届くまで。
20101007UP
お待たせいたしました。
いただきましたぱちリク消化三つ目でございます。
「銀新耳掻き」というお題だったのですが、何故か「膝枕」にシフトチェンジしてしまいました;申し訳ありません。
「耳掻き」という事でどう書こうかかなり悩んだのですが、ふと耳掃除が怖くて新八にしがみ付く坂田が浮かんで一筋の光明となりました(笑)
強いのにそういうところヘタレてると可愛いですよね。
でも甘えるのは新八だから、というのが最高だと思いますv
あと期せずして坂田さんお誕生日物語になりました。おめでとうv(笑)
こんな感じに仕上がりましたが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
リクエストくださった匿名様に捧げます。
どうもありがとうございましたv
もんぺ