「神楽ちゃん手、出して」
「何くれるアルか?」
「いいものだよ」
「私はそんなやっすい女じゃないネ、ちょっとやそっとの貢物じゃ満足しないアルからな」
「はいはい、でもきっと気に入って貰えるんじゃないかな」
「仕方ないネ、そこまで言うなら貰ってやるアル」
きっと嬉しいはずなのに、とりあえずツンデレる。
その素直じゃなさは誰に似たんだか。
目の前で繰り広げられる光景を眺めながら、銀時は心の中でそっと胸に手を当ててみる。
けれど何食わぬ顔をして、ソワソワするようなやりとりを胡坐に頬杖で観賞続行。
「早く寄こすネ」
照れ隠しでつっけんどんに。
神楽が両手の平を差し出せば、新八は心得たものではいはいと楽しそうに笑っていた。
笑みの柔らかさが神楽の頑なな心を簡単に解していく様が手に取るようにわかる。
客観的に見せつけられて、銀時は柄にもなく頬に熱が篭るのを感じた。
それは自分でも嫌になるほど覚えのある甘い感情。
人の振り見て、とはよく言ったものだ。
傍から見たら自分もああなのだろうか。
新八に落ちる事自体は吝かではないが、銀時だって世間体というものを多少は気にしたりもする。
これからは少し気を付けようと心にメモを取ってみた。
天然というのは本当に恐ろしい。
その無自覚天然児はジャムっぽいフォルムの空き瓶を手にしている。
その蓋をきゅっきゅと開けて神楽の手の平の上で傾けた。
「はいどうぞ」
開いた口からジャラジャラと軽くて可愛い音が流れ、零れた中身は神楽の手の平で色を散りばめた山となる。
ぱっと、神楽の瞳が輝いた。
「わ、何アルかこれ!」
零れ落ちない程度のこんもりとした山を作って新八は傾きを戻した。
「銀ちゃん見るアル!」
興奮した神楽がテーブル越しに手を突き出す。
山盛りの、小さな粒の集まり。
作り上げる色も形も様々だ。
それがなんなのか、一見しただけでは銀時にはわからない。
ソファから飛び降りた神楽は床に直接座り込み、テーブルの上に手の中の粒を広げた。
カラフルな粒達が硬質の板に当たってパラパラと賑やかな音を立てる。
「チューリップ、アヒル、ネコ、ヒコウキ……」
散らばるそれを選るように、形の違うそれぞれを神楽は丁寧に並べ始めた。
「なにそれ」
新八の手元からキラキラと溢れ出し、すぐさま神楽を惹きつけた物の正体が知りたくて。
目の前で夢中になっている神楽の代わりに銀時は疑問を投げかける。
それを受けて神楽の手元を楽しげに見詰めていた新八が顔を上げた。
「釦ですよ」
「釦?」
蓋をした瓶を揺すって中身を鳴らし、新八が正体を教えてくれる。
「釦って……服についてるやつ?」
一見子供が遊ぶオハジキのようにも見えるそれ。
「そうですよ」
確かめようと銀時は丁寧に並べられた中から一粒を拝借した。
「あーっ」
「盗りゃしねえって」
銀時に向かって伸ばされる手をやんわりいなし、指先に摘んだ黄色を繁々と眺めた。
釦と言われて眺めても、それは銀時の知る形には程遠くピンとはこない。
「そういうのは服を留めるよりも飾りとして使うのが多いですけど」
銀時の表情で察したのか、新八が補足をしてくれた。
釦というよりは装飾品という括りなのだろう。
物の形を取ってはいるが緻密な細工は何もない。
ただおおよその形でアヒルなのだろうとわかる程度のざっくりとした作りだ。
申し訳程度ある凹凸を裏返すと輪になった突起が付いている。
ここに糸を通して布に括り付けるのだろう。
「銀ちゃん、早くアヒル返すネ」
急かす声に軽い苦笑が漏れる。
「はいはいわーったよ、うるせぇな」
最初に新八に差し出したつっけんどんさは何処へやら。
もう自分のものだという確固たる意思を持った神楽の手に、銀時は黄色いアヒルをのせてやった。
じりじりとしていた神楽は取り返したそれを満足気に眺め、赤いチューリップと白いネコの間にカチリと置いた。
「この花の模様の丸いのも可愛いアル」
小さいものはアルミの、大きいものは銅の硬貨くらいあるだろうか。
それはふっくらとした饅頭を上から押し潰したような形になっていて、全体を柄の入った布地が覆っている。
同じ柄の色違いをグループに分けながら見上げる神楽に新八は微笑んだ。
そのままソファから降りると隣に並んで腰を据える。
「これは包み釦だよ」
「じゃあ食べられるアルか?」
“くるみ”と聞いて神楽が身を乗り出す。
「あはは、その胡桃じゃないよ」
聞かれた新八は可笑しそうに、でも愛しそうに、優しく正した。
新八の手の平で釦が転がる。
「包み釦の“くるみ”は布で包む、包んでるっていう意味なんだよ」
好きな布で自作する事もできるのだというミニ知識に神楽の目がまた輝いた。
楽しげに釦の品評会をする2人。
それを眺めつつ、銀時はテーブルに置かれた瓶を取った。
玩具のようなプラスチックが大半だが、良く見れば銀時の知るごく普通の釦も混ざっている。
様々な釦の瓶詰め。
「なんでこんなに釦ばっかあんの?」
ガラス瓶に残った小さな粒達をシャラシャラと振ると新八の意識が向く。
「近所の奥さん達が時々着なくなった子供服を分けてくださるんですよ」
新八が指先で桜の形の桃色をくるくると遊ばせる。
「汚れや解れが酷いものは雑巾とかにしちゃうんですけど、そういうのから釦だけ外して取っておくんです」
差し出された新八の手に瓶を戻す。
「神楽ちゃんの夏服をこの間出したんですけど」
手の平で包み込むように新八が瓶を大事そうに持つと透明なガラスの向こう側で色の粒がキラキラして見えた。
それは口に含めば甘く溶け出すんじゃないだろうかと錯覚してしまいそうなほど。
「新しい服を買ってあげられない代わりにせめて釦だけでも付け替えたら雰囲気変わるかなと思って」
「新八!私これ付けて欲しいネ」
房になった、まるでグローブのようなバナナを四つ拾い上げ、神楽は嬉しそうに新八に告げる。
「じゃあその釦に合いそうな服を選ぼっか」
「私のセンスに任せるネ!」
「あはは、なら一個お願いしてもいい?」
「何アルか?」
「押入れの下に神楽ちゃんの名前の付いた衣装ケースがあるからそれ、ここに持ってきてくれる?」
「ラージャ!」
勢いよく立ち上がった神楽は元気に敬礼をした。
「銀ちゃん」
「あ?」
傍らを通り際、にししと笑い銀時に手を向ける。
「手ぇ出すネ」
言われるままに差し出した手に何かがコロリと落された。
「これは銀ちゃんにやるアル」
銀時の大きな手の平に不釣合いな桃色は、紙に包まれた飴を模していた。
表面には白い水玉が入っていてなかなかに芸が細かい一品だ。
「あー……あんがとさん」
「食べたら駄目アルよ」
じっと見詰めていたら的外れな注意が飛んできた。
「……食うわけねぇだろ」
神楽の背中を見送って、振り向いた先で新八が笑う。
「良かったですね」
気恥ずかしさに顎を掻き、小さな粒を持て余した。
「良かったですねったって……俺はこれをどうすりゃいいんだよ……」
神楽の好意を無にするつもりは毛頭ないが、こんなに小さく可愛いものはとてもじゃないが手に負えない。
途方に暮れた顔を眼鏡に向ければ、レンズの向こうで新八はやっぱり笑っていた。





やがてドタドタという足音と共にケースを頭上に掲げて神楽が戻る。
「お待たせアルー」
「あっ、神楽ちゃん待ってっ」
何かを察した新八が慌てて止めたけれどそれは空しく間に合わず。
神楽は蓋を外して持ってきたらしく、掲げたままのケースを逆さに振って一気にソファを色で埋めてしまった。
新八はまったくもう、という顔を少ししたけれど、次の瞬間には表情を弛ませる。
あれでもないこれでもないと、色に埋れながら笑う二人。
見ていると、銀時の胸は詰まる。
白と。
黒と。
赤と。
三色しかなかった銀時の褪せた世界は今こんなにも鮮やかだ。
それは当たり前のように光を当てて二人が色を戻してくれたから。
忘れかけていた世界の鮮やかさを、思い出させてくれたから。
その存在は言葉にはできないほどかけがえのないものだ。
「銀ちゃん!」
「ぶっ」
ぼんやりとしていた銀時は飛んできた黄色を避けきれず一瞬視界を塞がれる。
「ぼっとしてないで銀ちゃんも一緒に選ぶネ」
「お前ぇのセンスに任せるんじゃなかったのかよ」
膝に落ちたTシャツを拾い上げ、苦笑交じりの視線を向ければ神楽は頬を膨らませた。
「うっさいネ、銀ちゃんの意見も取り入れてやるって言ってるアル」
「へーへー」
理不尽な我が侭も今はただ愛しいばかり。
銀時はシャツを手にして向かいのソファへと移動する。
溢れかえる服を寄せて端に一人分の空きを作ると腰を下ろし、そのまま下にいた新八を引き上げた。
「ちょっ……」
驚いた新八が微かな抗議をするけれど。
脚の間の定位置に納め、腕を回してしまえば分は銀時にある。
「もぅ……」
呆れはされたけれど赦されて。
腕の中で委ねるように預けられる体温に倖せを噛み締めた。
「で、何選べばいいんですか?お嬢様」
「えっとねぇ……」





梅雨が明けて、本格的な夏が来て。
お下がりの服にお気に入りの釦を付けてもらった神楽は上機嫌で手を振っている。
「酢昆布とアイスは絶対アルよー」
「わーったっつの」
「じゃあ神楽ちゃん、行ってくるから留守番ヨロシクね」
「ラージャ!」
もう一度二階を見上げれば、神楽の隣で定春が吠える。
それを見止めて銀時はヘルメットを頭にのせた。
「あっちいし、さっさと済ませて帰ってこようぜ」
「そうですね」
座りを直した新八が腹に手を回して姿勢を整えるのを待つ。
「じゃあ、お願いします」
「おぅ、んじゃ出発―」
神楽と定春に見送られ、新八の声を合図にキーを回す。
軽快なエンジン音を響かせて、二人を乗せた原付はスタートをした。


梅雨の明けた空は雲ひとつない快晴で、照り付ける太陽は容赦ない。
鍵穴に差し込んだ銀色を弾いた日差しがキラリと光らせた。
キーホルダー代わりにぶら下がったボールチェーン。
走行に合わせて揺れるその先で、桃色の釦がキラキラと輝いていた。


20100725UP


東ジャミー様にいただきましたぱちリク「倖せ坂田さん家の衣替え」をお届けいたしました。
新八はお金が無いなりに色々工夫するんだろうなというところからふっと浮かんだ釦ネタ(笑)……衣替えてねぇ!というツッコミはご勘弁を(笑)
親子が愛しいです。
ジャミさん、こんな感じになりましたが如何でしょうか;
捧げます。
リクエスト、どうもありがとうございましたv

もんぺ


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